
2026y04m19d
小学校のときの「道徳」の時間ってあれ何だったんだろ?今の自分の信じる教養に繋がってるのかな?今思いだしてもポカーンって感じだけど、「どう解く?」とかけていたのかな?宗教が自由で例え話しに一貫性が保てないからこそあれくらいのぶつ切りで「後は任せる」がいいのかな
答えを押し付けられたまま自分が大きくなってからの社会のギャップは大変かなと…俺は「だよね?!」って逆にスッキリして楽しくいけたほうだと思うけど
道徳で大事なのは「この時はこうでなきゃ駄目、だからこうしなさい」というより敢えて反対からみた視点や環境、立場、求められる正しさ、矛盾、共感、客観的にどうすべきか等を本人達が主体となってディスカッションしていくこと
自分が思う道徳って「人をみて法を解け」
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