
2013y12m11d
子どものときって大人の「自由で余裕のある」部分に惹かれたところもあるけど、いつまでも子ども扱いをしてきて「話しにならない」みたいな態度をとってくる分には「嫌な大人」とも思ってきた
で、いざ自分がその大人になってみて案外余裕がないことがわかってきた…でも前から感じていた「嫌な大人にはなりたくない」はある
体感として自分ではなかなか気付けないから気軽に客観視して指摘してくれる人と接することができる自分にならないと
「見方によって」「他に理由が」「そもそも正しいって」とかあるけど、あまりにも酷い「自分さえ良ければ」が駄目ってことは、他人と接したりメディアを通してでもわかることなのに!歩きスマホとか!
もしかして世に出回る嫌な大人って嫌な子どもがそのまま大きくなっただけ?
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